笠谷-笠ヶ岳-打込谷-双六谷-双六小屋-小池新道-新穂高温泉

笠谷-笠ヶ岳-打込谷-双六谷-双六小屋-小池新道-新穂高温泉
96.8.9-8.14 三瓶 修
8.9 大阪-富山

いつものように北国を待つ。相変わらず混んでいてゆっくりできないが先頭に並んだので悪くても座って行くことはできそうである。週間予報はずっと晴れであるが太平洋にうろうろしている台風の行方が気掛かりである。酒を減らそうと思いビールは850に止め1人の入山を祝う。

8.10 晴れ
富山-猪谷-奥飛騨温泉口-(タクシー)-笠谷出合(8:00)-雷鳥尾根末端 (11:00)
猪谷へと向かう列車は、相変わらず年配の登山者が多い。神岡鉄道に乗り換えるころには皆いつの間に仲よくなるのか1つのパーティーのように和気あいあいと話し込んでいる。列車の内装がなかなか珍しい様子。そんな中わずかにいる比較的若い登山者は皆一様に眠そうな顔に不機嫌さをたたえたような、何とも言えない顔付きで列車にゆられている。

奥飛騨温泉口にはさすがにシーズン中とあってか、普段見たこともないような数のタクシーが止まっている。いつものように神岡鉱山で働くおばさんたちと一緒にバスを待っていると、タクシーに乗ろうとしていた登山者の1人から相乗りを誘われた。聞いてみるとその人も単独で、これから笠谷に入り、南西尾根を下降して小倉谷に入るという。まさか笠谷を登ろうという人が自分のほかにいるとは、僕も思っていなかったしむこうも思っていなかった様子だが、お互いの計画のあまりのセンスの一致に珍しく意気投合し、行動を共にすることとする。これが後で意外な所で役に立った。

笠谷出合まで1人1000円で行き、朝飯を食って一緒に林道を歩き始める。同行者は30台半ばでもう既に奥さんも子供もいるというが、ここ数年は1人でこの辺ばかり歩いているらしい。かつての仲間たちは皆子供を連れて白馬の大雪渓とかばかり行っていると嘆いておられた。打込谷や双六にも入っていて、いろいろとルートの様子を聞くことができた。5月には憲三尾根から槍まで歩いておられて、僕もちょうどこの冬のルートの1つにその辺りを考えていたものだから、またまたセンスの一致に驚かされる次第である。

いろいろ話をしながら林道を歩く。登山体系によると雷鳥尾根末端までは『かすかな軌道後をたどり』とあるが、平成元年にできた新たな林道が整備されており尾根末端では伐採が行われていた。3時間弱で入れるのでこれからはもっと人が入るようになるだろう。

8.11 晴れ時々曇り
C1(5:00)-笠ヶ岳(12:30)-キャンプ指定地 C2 (12:50)

北国での寝不足のせいか、朝少し寝坊をし慌ててもちをかき込んで出発する。出合からすぐ沢が大きく左に屈曲すところに最初の60mの大滝が待ち構える。実際にはそんなにあるとは思えないせいぜい30mというところか。左岸の明らかな踏み後をたどり問題なく通過するが、朝市の高巻きは荷物の重さとあいまって足にこたえる。続く洞窟のある65mの大滝(これもそんなにありそうには思えないが前のよりはでかい)も、左岸のルンゼを使って大きく高巻く。ルンゼの中は少し落石が気になるくらいで特に問題なし。

続いて50m,30mと現れるはずだったのだが、どこに隠れたのかそんな滝は姿を見せなかった。下部の核心部を難無く終え、ほっとして広河原を歩いているときだった。滝の代わりに現れたのは黒く大きな熊だった。このときほど同行者が居たことを心強く思ったことはない。2人共黙々と歩いていたので全くその存在に気づかず、熊のほうも全くこちらに気づかなかった様子で、20mくらいまで接近してしまった。慌てて50mほど引き返し熊がこちらに気づいて逃げてくれるのを待つ。数秒後、熊は左岸の薮の中に消えて行った。しかし、姿が見えなくなったからと行ってすぐに出て行けるような雰囲気ではないし、かといっていつまで待ったら大丈夫というのも見当もつかない。2人して煙草を1本ゆっくりと吸い、大声でコールをかけながら急いで通過する。笠谷の核心部はまさにこの場面であった。

広河原を過ぎると滝は幾つか出てくるもののいずれも簡単に登れる。快適な沢登りを楽しめる。最後に2段40mの滝がかかっており、下段は左岸の草つきまじりの岩を登り沢を渡って右岸に渡り最後はブッシュの中に逃げてこれを越える。初心者がいる場合はここでザイルを出すかもしれない。
これを越えるともう沢は源頭の様相を見せてくる。ナメ滝を快適に越え、どんどん高度を稼ぐ。最後は浅いカールを思わせる非常に気持ちのよいところに出る。眼前には既に南西尾根がスカイラインを描いており、天気もいいのでしばしの昼寝と洒落込む。が、実際荷物の重みが方と足にこたえ、ここらで一休みしなければやってられない。最後はガレの低いところをねらって上がって行くと、南西尾根の立派なトレースに出た。それにしても熊はこわい。

8.12 晴れ
C2(4:45)-双六谷出合 C3 (10:15)

キャンプ指定地にはいろいろな人が泊まっている。もちろん子供づれもいる。それはいいのだが、2時から起きて飯の支度は勘弁してほしい。子供は基本的にうるさい。別に子供の声が嫌いな訳ではないが、眠いものは眠いのである。
早く目が覚めたもののまだ外は暗く、仕方がないので煙草をふかしながら、豆をかじる。ようやく明るくなってきたので昨日までの同行者にあいさつをして出発する。

打込谷へは上から見る限りどこからでも下れそうだが、一応登山体系の記述に従い、笠山荘までいったん登り返し、北西尾根を最初のポコの手前まで下り、そこから沢に向かって下り始める。笠に直接上がっている支流との出合いが見渡せる。ここから下るとブッシュこぎは全くしなくてすむ。間もなく水が現れるが、まだ細く周囲の見通しも悪く、昨日のこともあるので一応コールをかけながら下る。5~10m程度の滝を快適にクライムダウンし、どんどん下る。やがて沢は赤茶けたナメ床に変わる。振り返ると笠が美しい。沢幅もだいぶ広がるころ、抜戸へ上がる沢が合わさる。この辺りからようやく傾斜が落ちてくる。

いったん沢は単調な河原となる。本来ならこの辺りに8月でも残る珍しい大雪渓があるはずなのだが、かけらほどの雪も見えない。大雪渓の下はゴルジュと思われるという沢は一体どこの沢の話なのか、ただの河原が続く。
沢が小さく屈曲する辺りから両岸が立ってくる。いよいよ核心部のお出ましである。が、古くから人の入っている沢のせいか、巻き道はすぐに分かるし、よく踏まれてもいる。また沢の構造上どうしてもそこに巻き道がなければいけない場所というのが明らかに分かる。仏のブチと呼ばれる滝を巻き降りると、いったん沢は広くなり緊張を解くことができる。再び最後のハコを巻き、左岸から枝沢を合わせると最後の35m滝に出る。これも右岸の巻き道をたどり、核心は終了する。間もなく双六の出合であった。

打込谷は、確かにナメ床の素晴らしい沢で、またそのナメ越しに見る笠の姿が素晴らしい。上りに取れば非常に楽しい沢登りができるだろうと思う。また下りに取ったとしてもザイルの必要な所はない。
途中天場は上から数えると登山体系でいう大雪渓の辺り、また核心部を越えた双六との出合までの間に幾つかある。また、ナタさえもっていれば切り開けば泊まれる所は30分ほどの間に見つけることができるだろう。

8.13 晴れ
C3 (5:00)-蓮華谷出合(9:00)-C4 cont.2008 (11:00)

巨岩の多い河原を進む。両岸は一応立っているが、よほど増水しない限り通過不能という事態にはならないように思われる。もっとも、時間がかかるのは確実でやはり大きな沢に対する当たり前の注意は十分にする必要がある。重荷でのボルダリングに喘ぎながら、ほとんど標高を上げないゆるやかな流れを行く。キンチヂミと言われる辺りもさしたるものはなく、小さなハコ状を左岸の岩棚を使って巻く。さすがに雑誌に紹介されたばかりとあって、朝から既に3パーティーほどを追い抜いている。いずれも学生の山岳部かW.Vらしい様子で、横を通過しながら見ていてもその足取りがおぼつかなく感じられる。かつては自分もあんな感じで歩いていたのかと思いながら、横を通過させてもらう。いずれも若い。何とも感慨深い思いを抱きながら歩く。

キンチヂミの最後は『水面下のスタンスを頼りに進み、つきあたった大岩をチムニー登りで越える』。一応これで終わりかな、と思いながらだらだらと歩いていると、前方から何とも懐かしい、そして最悪にいやらしい風が匂いとともに吹いて来た。
雪渓の匂いである。それもかなり大きそうである。その姿はまだここからでは確認できない。が、この匂いは間違いなくあの懐かしい雪渓のそれである。案の定、累々と積み上げられた倒木とともに、立ち込める白いガスをまとったグズグズに崩れた大きな雪渓が姿を現した。これは間違いなく今山行の核心とも言うべきものである。(熊のほうが危険性は高いかもしれないが。)降り口がかなり先で見通しがきかないのと、途中右岸から枝沢が合流していて大きな穴が空いているのとで、どうやら上を通過するのは難しそうである。仕方がないので右岸の尾根をのっこすような形で大きく高巻く。巻らしい巻をしたのは今回でこれが初めてだ。いったん雪渓の上におり再びブッシュを伝ってシュルントにおりる。横をそっと通らせてもらってここを無事通過した。ここに合流していたのが蓮華の1本下の沢になる。

これで悪場は終わりだろうということでたばこを吸いのんびりする。抜いて来たパーティーはまだ影も現れない。単調な河原も漸く徐々に傾斜をつけ始めたころ、蓮華谷の出合に着いた。通過デポ旗を気の先の目立つところにくくり、先に進める。双六の沢底でほとんど入らないラジオから聞こえて来たところによれば、ボチボチ台風が動き出しそうな気配である。なるたけ進めておいて損はない。
のんびり歩いていると上から釣り客が降りて来た。3日間双六にいるが1匹しか釣れてないと言っていた。これでは僕がいくら竿を垂らした所でむだ足である。この人たちも台風が来てるので明日には降りる予定だと言っていた。昼頃まで歩いてcont.2008の二股の少し先で泊まる。ここまでくると沢はもう源頭の様子だ。

8.14 曇り-雨-曇り
C4 (5:20)-双六小屋(7:00)-新穂高温泉(10:20)

朝起きると既に外はガスガスで今にも降り出しそうな天気である。外が暗かったせいか少し遅くなってしまったので慌てて外に出る。沢は既に単調な河原歩きのみとなっており、ただひたすら歩く。荷物は全然軽くならない。今回はルートの把握が十分ではなかったためかなりの過剰装備となってしまったが、そのことを除いても食料、燃料などむだな装備が多かった。

双六小屋には7:00頃着いた。槍を目指すか迷ったが、稜線は既にかなりの雨となっていたので、そのまま弓折岳を経由して小池新道を下ることとする。台風のせいだろう。多くの登山者が帰路についている。鏡平の小屋は池のほとりにあるこじんまりした小屋でなかなかいい雰囲気である。この辺りまで下ってくると雨はかなり弱くなってくる。この分だと下はまだ晴れているだろう。後はひたすら夏道を下る。天気図を見てるのか見てないのか分からないが、こういう状況だというのに下からは途切れなく登山者が上がって来て、その応対に苦労する。漸く林道に出て後は登山者を避ける必要もなく勝手に歩ける。最後のお目当ては笠の周辺の概念把握である。

抜戸の南尾根もいつか行きたいと思っているルートの1つだ。取り付きは分かっているが核心の岩壁帯の様子が見たい。笠新道からそのまま岩小屋沢を詰めればその取り付きに着けるはずだがこの位置から見えるかどうか。期待したがやはりこの位置からでは無理があった。しかし穴毛谷は何とかガスから逃れており、2の沢、4の沢の姿を拝むことができた。今年はやはり雪渓の量が多い様子で、かなり最悪の状態でぶら下がっているように見えた。
3月以来の新穂高温泉にたどり着き、またもグリーン穂高によってみた。相変わらずここのおやじさんは商売気がなく、カレーしかおいてなかったのでそれを食べて今年の事故の状況等をきいて帰路につい。

ルート
全体に人のよく入った沢であり、巻道などはよく踏まれている。また天場もある程度の増水までなら耐えられるものが適当に切り開かれている。 若干荷物ではあるがナタさえ持って行けば核心部以外はほとんどどこでも泊まれる。技術的には大峰や大台の易しいところとそれほどギャップ はない。ただし標高差があり沢自体もスケールがあるので、ある程度の体力は必要である。

パーティー
沢をつないでの単独は今回が初めてであったが、この程度の沢なら今までの経験で十分に対処のできる範囲であった。ただし体力的には、10日分の荷物にその他の装備を背負って、1日で2000m近い標高差を昇り、また同じだけ下りるというのはなかなかきつかった。練習の段階でやはり1回沢から沢への長いのっこしをやっておいた方がよかったと思う。

装備
打込谷の下りや、笠谷下部の大滝を警戒して、ハーケン、捨て縄、カラビナ、 ユマールなど用意した。また、今年は雪が多く残っていることが予想されたので、ハンマーと兼ねてバイルを用意したが、いずれも全くの無用の長物であった。今後この辺りの沢に行く場合、非常用ザイル 1本と若干のシュリンゲがあれば十分と思われる。