明神岳 主稜 アルパインクライミング
- 山行日
- -
- 山域、ルート
- 明神岳 主稜
- 活動内容
- アルパインクライミング
- メンバー
- A 谷、橘(記)
ちょうど一年前のこの時期に同じメンバーで同じコースを目指したが、天候の悪化と私の靴底剥がれ、更には時間の大幅な遅れ、等の複合原因で4峰で引き返した。今回はそのリベンジとして更に綿密な計画を練り、休みを三日に増やして万全の日程で難コースに再チャレンジすることとする。今回は山ップであるとか山何とかに出てくる華々しい記録に惑わされることなく、地道に我々の体力、神戸からの運転距離、上高地バスの最終時刻、等を考え、二日目に下山を急ぐことなく岳沢小屋泊し、三日目に余裕をもって帰神することにする。
明神岳 主稜 アルパインクライミングの山行記録
9月16日。仕事の疲れを引きずりながら22時前に伊丹を出発。中央自動車道から松本ICを下り、沢渡駐車場に午前2時過ぎに着く。
9月17日。アルピコ上高地バス730発に乗り上高地へ。往復¥4200。三連休の上高地はやはり人が多く、今日は三連休二日目なので殆どが上高地散策の観光客だ。8時半明神7号尾根看板を目指し、岳沢への道を歩きだす。途中、上高地から散策がてら岳沢方面に行くという観光客の女性二人組と色々話などをしながら歩く。やがて7号看板に到着し、女性達と別れを告げる。
さあここから1000mの登りだ。総水量6Lが方に食い込む。しかし他の装備をかなりケチったので冬山の装備に比べればそれほどの重さでもない。(重要な装備を忘れてきたことは後で気づく)
今年はやたら暑いので虫が顔にまとわりついて不快だ。何度も休憩を挟みながらやっと中間部の残置ロープのある急な岩場につき、慎重に通過するとやがて傾斜も緩みだし、植生が低木中心になるころに遥かに5峰台地が見えてきた。私は景色が変わると調子よくどんどん進みたくなるタイプだが、相方はもうそろそろテントを張ろうと主張し、意見が合わないので5峰手前1時間の辺りで折衷案で適当な天場跡のスペースにアライ2天を張ることにする。1345。早く沈し過ぎてやることもなく、仕方ないのでビールなどをちびちびやっていると、上から3人Pがハイ松を漕ぎながら下りてきた。早速情報交換してみると、明神東稜をラクダのコル一泊で登ったあと、主稜を下山しているとのこと。水も不足する中ハードなコースを二日で抜けるとはなかなか尊敬に値する。お互いの健闘を祈りながら見送る。情報では上部に1Pが幕営しているとのこと。無理に進みあがっても快適な天場は限られているので情報はよく吟味しなければならない。そうこうするうちにまた6人程Pがハイ松帯を下りてきた。情報を聞いてみると、こちらのPは我々の逆コースで、初日に岳沢で泊し、そこから前穂ー明神と繋げて主稜を一日で下りるというロングコースだ。こちらも老若男女で何故か心の休まるような山岳会Pだった。しかし水も不足し下りの岩場では日没必至と思われるので頑張って下さいと健闘を祈った。
また天場に来る途中では、昨夜の8時半に上高地を出発し、一睡もせずに前穂高から明神を経由して主稜を下りているという強者にも出会った。明神は登り方が自由な楽しい山だ。
長い夕刻も過ぎ、飯も食い終えたので日没とともに寝る。今回はシュラフも割愛したので少しは寒かった。エアマットも省いたがこれも贅沢品だった。省いちゃいけない登攀具を家か車に置き忘れてきたことがここで判明。なんかザックが軽いはずだ(反省)。幸いハーネスはザックから出てきたのでそれに引っ付いたビナ3枚と豚のしっぽのようなセルフビレイロープがあるのでまあ半マストで懸垂下降はできるだろうと計算する。今後はハーネスを忘れた時に備え、手持ちの装備でハーネスの代用にする方法を研究しておかなければならない。
翌朝、3時起床。天気予報は刻々と変り、晴れなのか曇りなのか雨かいまいちよく分からない。しかし悪化の傾向ではないのであと二日は持つだろうと考える。530発。5峰を見上げながらうんうんと朝から急激に登り、やっと懐かしのピッケルに到着する。何故か明神にはこの朽ちたウッドシャフトのピッケルがよく似合う。4峰、3峰は顕著ではなく何となく超えて行くが、このあたりにも全部で5張りほどはテントスペースがあった。しかし快適に張れる寝れるのはせいぜい3天までだろう。ルートはだいたい岳沢側を巻き、忠実に稜線も辿れるが、すぐに絶壁が現れるのでクライムダウンが大変だ。結果、岳沢側を巻き、噂の紫の残置ロープが現れたのでそれに導かれながら暫く歩く。紫ロープが途切れたあたりで下り方面に巻き下りてしまいまた登り返して正規のルートに戻る。やがて突然のように2峰の懸垂下降ポイントが現れたので一ミリの迷いもなくそれにセットして下降を開始するがどうも様子が調べていた記録と違う。おかしいなーと1P下り、二本の残置ハーケンに支点を移して進行左側へトラバースしていくと正規の懸垂ルートの2P目の下降支点に到着。どうも我々は逆から登るときのコースを斜めに懸垂してきたようである。まあ、下りれたのだから良しとしようということになり、辺りを見回すと腐ったロープやら2峰頂上から残置され垂れ下がった50mロープやら、荷物梱包用ロープの端くれやら、あらゆるロープゴミが散乱し美観を損なうこと甚だしい。しかし誰も拾って回収して下りる(登る)ほどの余裕はないのだろう。我々も同様だった。
2峰を懸垂で下りて乗っこし暫く岩峰を登るとやがて1峰すなわち明神岳頂上にめでたく登頂。1000。幸い天気も良く、視界もよい。山頂にそこを示す証拠品のようなものは見当たらず。この渋さが堪らない。山名看板などなくても充分だ。そこが明神なのは明神に行ったものなら分かる。
さて暫く山頂で寛いだあと、今日は時間に余裕があるなと思うのも束の間、明神から前穂までが意外と遠く、悪い。次第にガスも出だし、ガスに巻かれるとすぐルートを見失う。晴れるのを待ってはルートを見つけ、方向の検討をつけて進む。奥明神沢のコルへはクライムダウンで下りるが、最後の地上4m程が浮石だらけで悪く、何故か懸垂におあつらえな支点も有るので再度ロープで懸垂する。奥明神沢の下り口をちらっと見るが、やはり無雪期は岩の屑沢で積極的に下りる気はしない所だ。 奇岩や屑岩や浮石、あらゆる岩石をそこに集めたのではないかと思われるルートを上り下り巻いているうちにようやく前方に前穂らしきものが見えてきた。
しかしその前にこれまた記録にあった通り次第に紀美子平へと左に逸れるしっかりした踏み跡に乗ってしまい、なんか様子がおかしいのでGPSにお伺いを立ててみるとやはり紀美子さんの方へ向いていた。どうするか迷うがまだ傷は浅いので岩の迷路を直角に稜線に上がりなおす。
さて、前穂には1230頃到着。完全にガスの中で展望は得られず、代わりにやたらと人が多い。ソロの人も目立つ。ジャイアントな前穂に久しぶりに来られたのは嬉しいが、別に前穂に登ることが今回の目標ではない。北尾根から登ってくると流石に嬉しいが。何となくアウェイ感を感じながら写真を撮ってもらったり、あちこちに積み上げられた気味の悪い意味不明なケルンに違和感を感じながら、前穂を後にする。明神には残されていた浮石君たちが全部撤去されていて〇印も有るので大変に歩きやすい。しかしたまに浮石があるので油断は禁物だ。さて30分ほどで紀美子平に到着。
ここから分岐して重太郎新道だ。これが一般道かというような危険個所が上部に数か所有り。
滑ると大怪我の箇所もあったのでせめてロープか鎖はつけるべきだろうと思った。重太郎上部のクサリ場やよく滑るハシゴ場、なんの防止策もない断崖上のクライムダウン等をこなし、やっと休憩するが地図を見るとまだ1/4ほどしか進んでおらず、尾根の長さを感じる。
やがて傾斜も緩み、何か無理矢理取り付けた感のあった重太郎新道の下部をとぼとぼと歩くうち、やっと岳沢小屋の赤い屋根が見えだすが、見えてからもなかなかの長さだった。尾根の下りでは必死で歩いたにも拘わらず、後ろから来た登山者に全て追い付かれ、道を譲るという情けない現実に直面し、相方と二人、お互いに歳やなあ、と慰めあう。昔は逆だったがいつからかこうなった。。
1600 やっとのことで岳沢小屋に到着し、14000円也を支払って夕食と布団と朝食を勝ち取る。私は10年ぶりくらいの山小屋泊だったので興奮したが、600円でビールを購入し心を鎮める。この至福のビールを味わえない相方は可哀そうだが、サイダーで乾杯だ。
テントと違い、ビールを飲み終えるとまた何もやることが無くなったので小屋をうろうろして時間を潰す。連休最終日だが小屋は満員だ。コロナが怖い。何故か外国の人も多い。さて1800念願の夕食にありつく。カレーバイキングというおしゃれなスタイルで上品で美味しい料理だ。混むかと思ったがうまく人もばらけ、お代わり2回でお腹いっぱいでご馳走さんとなる。
飯が終わるとまたテントと違って何もやることがないのでもう寝るしかない。20時就寝。鈴虫や興梠の鳴き声なら風情もあって良く寝られるのだが、そこは男30人ほどの合宿雑魚寝場。いびきがうるさくて寝られやしない。耳栓が小屋寝の必需品であることを思い出すが既に遅かった。
結局テントのほうが私の性に合う。暴風雨ならまた別だが。そもそも思い返せばこの30年来、家でもシュラフと銀マットで寝ている。毎日がキャンプだ。((笑)
さて、翌日2時には人がごそごそと動く気配で目が覚め、それでも頑張って寝るが5時には仕方なく起きる。小屋特製の朝飯弁当をチンし、味噌汁で頂く。あー快適。テントなら棒ラーメンで大戦争でも起こりかねないところだ。
早立ちの皆さんを見送り、我々は朝からもう帰るだけなのでゆっくりと小屋で過ごした後、う〇こ等をのんびりしてから一路上高地へと下山を開始。2年かかりで達成した有意義な山行が終わった。
相方のA谷さん、お疲れさまでした。そしてありがとうございました。人生を山と共に歩める友に感謝! また亡くなった仲間達の想い出を語りに山へ行きましょう!
notes
- 今や山小屋でのスマホ充電器はマストアイテム。これからは小屋泊りの時は持参しよう。耳栓も。
- 行程を通じてスマホの電波はよく入った(ドコモ)
- 水は酒類を含めて約6Lを担いだ。二日目小屋へ着いたときは残0.5L程。消費量は天気によるが二日目のビバークとなると厳しい。
- ネットの記録は速攻登山の記録が多いがそれを鵜呑みにするとエライ目に会うということがよく分かった。