熊野古道 縦走 中辺路一人旅

山行日
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山域、ルート
熊野古道 中辺路一人旅
活動内容
縦走
メンバー
Y.S

熊野古道 縦走 中辺路一人旅の山行記録

百間ぐらからの眺望(4日目)
百間ぐらからの眺望(4日目)

いにしえの平安時代から自然崇拝の信仰として歩かれていた熊野古道。京都を出発点に大阪~和歌山まで横断する紀伊路。そこから熊野三山まで海岸線を歩く大辺路。複数あるルートの中で熊野詣での一般的な参拝道である紀伊半島を横断する中辺路(なかへち)。歴史や自然を感じながら中辺路を歩いてきました。

中辺路概念図
中辺路概念図

1日目 10月18日(火)  行動時間4時間 距離13km 晴れ

JR摩耶駅(6時20分)→JR紀伊田辺駅着(11時50分)→秋津王子(12時55分)→万呂王子(13時50分)→三栖王子(14時20分)→八上王子(15時15分)→稲葉根王子(16時)

神戸から普通列車でのんびりと景色を楽しみながら南紀白浜の手前にあるJR紀伊田辺駅まで。紀伊田辺駅には熊野観光センターが併設されており、熊野古道の街道マップなどを入手できる。

田辺の市街地を抜けて田畑に囲まれた田舎道を歩く。大阪から熊野までの道中に散在する九十九王子という熊野権現の分社を巡る。九十九王子は難行苦行の信仰の道を繋ぐために設けられた休憩所や宿泊所で実際は九十九ヶ所以上ある。各王子までは標識も多くスタンプラリー感覚で楽しい。紀伊田辺駅からしばらくはスーパーマーケットなどの商店を通るので買い出しもできる。

今回の旅は全行程、徒歩・自炊・テント泊を基本としている。食料は玄米と味噌を持ってきており、夕方に夕食用と明日の行動食用の玄米をまとめて焚き、みそ汁に乾燥野菜などの乾物を入れて食べる計画。途中に無人販売所やスーパーマーケット・コンビニがあれば購入する予定。 稲葉根王子に着いた時点で16時。初日で荷物も重く、体も慣れていないので本日の行動はここで終了とする。稲葉根王子の横を流れる富田川沿いにテントを張らしてもらい就寝。

田園を歩く
田園を歩く

2日目 10月19日(水) 行動時間8時間 距離20km 晴れ

稲葉根王子(6時45分)→鮎川王子(8時)→清姫の墓(9時50分)→滝尻王子・熊野古道館情報センター(10時45分)→不寝王子(11時25分)→高原熊野神社(13時)→大門王子(14時15分)→十丈王子(15時)

今日からは市街地を離れ山間部に入る。滝尻王子までは無人販売所などもあり、梅干しやミカンを買い足す。道の駅もあり、高菜おにぎりの「めはりずし」が美味しかった。滝尻王子に併設されている熊野古道館情報センターで中辺路の歴史や資料があるので立ち寄る。ここからは、熊野の聖域の登山道となり急な登りが続く。岩穴を抜ける「胎内くぐり」や昔の豪族が夫人同伴で熊野参りに来た時に夫人が急に産気づき出産してしまい、岩から滴り落ちる乳を飲まして助けを待ったと伝えられる「乳岩」など、歴史的見所が多く説明書きの看板も設置してある。

急登が終わると高原熊野神社に着く。樹齢1000年を超える大楠が圧巻で熊野の山々が一望できる。社殿も1400年ごろに建築されたもので、社殿の内部には巨大な竜が描かれている。この辺りは集落になっており旅籠もある。中辺路の旅籠の相場は一泊二食付きで8000円からで素泊まりでも6000円ほどかかる。高原熊野神社からも登りが続き山中では鹿や猿、蛇も見かけた。ツキノワグマ出没注意の看板も出ているが、幸いにも熊には出会わずにすんだ。

15時に十丈王子に到着。ここから通常の宿泊地である近露王子集落までは2時間半かかる。初日の行動が短かったので宿泊適地のポイントまでの行程がズレてしまう。近露王子まで頑張って歩くか迷ったが、17時過ぎには暗くなることと、ザックが重く疲労も強いのでここで宿泊することにする。ぼっとんトイレと沢水を引いた水汲み場があり、ボロボロの東屋の下でテントを張る。

18時にはすることが無くなり寝袋に包まるが全く眠れない。山深い山中の漆黒の闇の中で動物の鳴き声や物音に怯えながら長い長い夜明けを待つ。「人類の歴史の中で夜も当たり前のように行動できるのは電球が普及した後のことで、それまではロウソクなどのつたない明りで生活していたんだろうな」等と考えを巡らせる。八百万の神々で最高位に位置しているのが、太陽を司る天照大御神とされていることを実感できた。

古道に佇む地蔵
古道に佇む地蔵

3日目 10月20日(木) 行動時間10時間 距離22km 晴れ

十丈王子(6時30分)→大坂本王子(8時)→道の駅(8時30分)→近露王子(9時10分)→比曽原王子(10時)→継桜王子(10時30分)→小広王子(11時30分)→仲人茶屋跡(12時40分)→湯川王子(14時40分)→船玉神社(16時20分)→発心門王子(16時40分)→発心門王子のバス停(16時50分)

無事に朝を迎え、まだまだ続く登りの山道を出発。早朝の凛とした空気の中、木漏れ日が差し込み清々しい。途中に花山法王の熊野詣の旅姿といわれる牛馬童子像がひっそりとたたずんでおり、いにしえの古道の雰囲気を感じさせられる。出発して2時間半で中辺路の宿泊拠点として栄えた近露王子集落に到着。江戸時代には十件近くの宿屋が並び賑わっていたらしい。今も「熊野古道なかへち美術館」などがあり最新のゲストハウスなども出来ている。ニホンオオカミ最後の目撃情報がある土地でもある。近露王子社や画家の野長瀬一族の墓などを横目に楠山坂の山道を登る。所々に公用の文書や荷物の逓送の為に作られた伝馬所跡がある。

野中の一方杉という巨大な大杉が圧巻の継桜王子を過ぎると「とがの木茶屋」という茶屋があり営業している。清水で淹れた冷たい焙じ茶をご馳走になる。この辺りからまた集落が続き、安倍晴明が腰かけた石など歴史的な見どころも多く堪能できる。

本来であれば仲人茶屋から岩神王子に向かうのだが、今は地滑りで崩壊しており迂回路を通る。熊野古道は苔むした石畳道を踏みしめて、石仏や地蔵を眺めながら歩くのが醍醐味だが、迂回路は普通の登山道で整備されており味気ない。湯川王子からは小川沿いに細い道を進む。道中に江戸時代の後期まであった小さな集落跡がある。石垣を築き家屋を建てて林業を生業としていたそうだ。このような街から離れた山奥で、どのような生活をしていたのか想像を膨らます。

長い道のりを進み発心門王子に到着。発心門王子は九十九王子のなかでも特に格式が高い五躰王子のひとつ。ここから先は熊野本宮大社の神域となる。発心門王子の近くのバス停でテントを張らせていただき就寝。

とがの木茶屋
とがの木茶屋

4日目 10月21日(金) 行動時間10時間 距離23km 晴れ

発心門王子のバス停(7時)→水呑王子(7時20分)→伏拝王子(8時)→熊野本宮大社(9時)→請川バス停・小雲取越登山道(11時10分)→百間ぐら(13時50分)→石堂茶屋跡(14時35分)→桜峠(15時20分)→小口集落(17時)

本日はいよいよ本宮に到着予定。発心門王子からは集落があり、早朝から畑仕事に精を出すおばあさんが声をかけてくれる。働く高齢者は元気で活き活きしている。歩き出して4日目で疲れもあるが、足などに痛みもなく体調は良い。順調に歩みを進め伏拝王子に到着する。ここは昔の旅人が遠くに見える熊野本宮大社を望み、ありがたさに伏して拝んだといわれるのが名前の由来。

本宮に近くなるほどに道が整備されてきて、いよいよ熊野本宮大社へ。本宮大社は全国に4700社以上ある熊野神社の総本営。祀られている熊野坐大神はスサノオノミコトとされている。サッカー日本代表のシンボルマークでもある三本足の大烏であるヤタガラスが神使。鳥居をくぐると、急に気温が下がったような気がする。深い自然に抱かれた威厳のある姿の本殿が見える。古代にこの地に神が降臨したと伝えられている。紀元前33年に社殿が建てられたらしい。奈良時代には仏教を取り入れて、神=仏として祀られるようになった。由緒あるパワースポットで癒しと活力をいただく。ゆっくりと参拝してから次の目的地を目指す。本宮大社の近くは商店もあるので中華弁当を購入。久しぶりの手の込んだ食事は美味しかった。

平安時代の貴族は本宮大社の宿坊で数日間宿泊し、熊野川を船で下ったそうだが庶民である私はもちろん歩く。アスファルトの国道を進み請川バス停まで。ここから小雲取越登山道が始まる。熊野本宮大社大社から熊野那智大社までは小雲取越と大雲取越という、流れる雲に手が届くほど高いところに登るという二つの難所がある。請川バス停から2時間の上りを登りきると「百間ぐら」に到着し熊野三千六百峰が一望できる。時折現れる茶屋跡で歴史に思いをはせる。小雲取越の後半は長い下り坂で小口集落に到着する。小和瀬の渡し場跡の休憩所で幕営する。

熊野本宮大社大社
熊野本宮大社大社

5日目 10月22日(土) 行動時間10時間30分 距離23km 晴れ

小口集落(6時15分)→大雲取越登山道(6時45分)→楠の久保旅籠跡(7時50分)→越前峠(9時30分)→地蔵茶屋跡(10時35分)→舟見峠(12時10分)→登立茶屋跡(13時)→熊野那智大社(14時)→多富気王子(14時40分)→那智駅・勝浦海水浴場(16時40分)

本日が中辺路一番の難所。小口集落から一気に標高差800メートルの大雲取越の急登を登る。疲れの溜まった体に鞭を入れて、歯を食いしばって登る。今日は土曜日なので登山者も多い、外国人の方も歩いており世界遺産である熊野古道の関心は高い。小雲取越・大雲取越は九十九王子が無いので次に進むモチベーションも上がらない。さらに石畳の階段が苔むして滑るので歩きにくい。標高870メートルの越前峠を越えるまで本当に辛いが、途中に咲くリンドウの花がかわいらしく元気をもらえる。

大雲取越は途中で給水ポイントが無いので行動中に必要な水分を担がなければならない。登山道の横に直径2メートルぐらいの「まん丸の岩」がところどころあり神秘的だ。舟見茶屋跡からは那智の勝浦港が見渡せる。この辺りは1600年ごろから捕鯨の歴史があり、今も近海での小型捕鯨が続けられている。太地町では「くじら博物館」があり、ホエールウォッチングができる。

大雲取越えの雲の中を行くがごとき厳しいアップダウンが終わると、落差日本一の名瀑である那智の大滝がある熊野那智大社に到着する。熊野信仰は大いなる自然への畏敬の念が起源であり、生命の根源たる水の流れが絶えない那智の大滝はその象徴となっている。主祭神は国生みの女神であるイザナミノミコト。あまりにも観光客が多いので興ざめし早々に下山する。熊野古道のパンフレットなどで平安衣装を着て階段を歩いている写真で有名な大門坂を下り、那智駅を目指す。

足が棒になりながら2時間かけて那智駅に到着。那智駅には町営の公衆浴場「丹敷の湯」が併設されており、5日ぶりに入浴することができた。丹敷の湯は勝浦の青い海が一望でき、ゆったりと疲れを癒せる。近くのコンビニでとんかつ弁当とビールを購入し日が暮れつつある那智湾を望みながら一人で乾杯する。そのまま勝浦海水浴場の砂浜でテントを張らせてもらい就寝。

勝浦海水浴場より那智湾を望む
勝浦海水浴場より那智湾を望む

6日目 10月23日(日) 行動時間5時間 移動距離17km 晴れ

勝浦海水浴場(6時15分)→佐野王子(7時40分)→高野坂(8時40分)→浜王子(10時)→熊野速玉大社(10時40分)→JR新宮駅(12時)→神戸(21時)

いよいよ最終日。熊野三山最後の熊野速玉大社を目指す。勝浦海水浴場より美しい日の出を拝む。日の出をみるとなぜか手を合わせてしまう。数名の人が日の出を見に来ていたが一同に手を合わせていた。日本人に限らず人は日の出を崇拝したり、感謝や感動すると手を合わせる事は世界共通だと思う。

那智湾を右手に道路を歩く。アスファルトの上は木陰がなく暑い。雨天用に折りたたみ傘を持ってきていたので日傘代わりにさして歩く。今回はトレランシューズとTevaのサンダルを交互に履き分けている。アスファルトの上はクッション性の良いサンダルの方が蒸れずに歩きやすい。

JR三輪崎駅周辺から高野坂に入る。この高野坂は1.5㎞の短い山道だが、右手に海を眺めながら歩く人気コース。波が押し寄せる美しい海岸が望むことが出来る展望台もある。海の神を祀る浜王子があり海と山の信仰が結びついたロマンを感じさせる。余談だがこの辺りが武蔵坊弁慶の誕生地とされている。

そして熊野の中核都市である新宮市へ。かつて熊野地方を統治していた源頼朝の叔父である新宮十郎行家の城であった新宮城など神社以外の見どころも多い。新宮城からほどなく歩くと、熊野速玉大社に到着する。平重盛が手植えしたとされる日本最大のナギの木が境内にそびえる。主祭神は水の勢いを神格化したイザナギノミコト。熊野本宮大社大社から船で降りるルートの到着点でもある。

熊野速玉大社を参り、これにて熊野三山を全て参拝することが出来た。帰路はJR新宮駅から大辺路沿いに走る和歌山線に乗り、古座の橋杭岩や南紀白浜の美しい海を眺めながら、普通列車で7時間かけて帰宅する。

熊野速玉大社
熊野速玉大社

まとめ

今回の旅は有難いことに連日の好天に恵まれた。6日間かけて歩いたが、山間部だけなら4日間でも可能。滝尻王子から本宮までや那智から本宮までなど分けて登ることも出来る。本宮からは紀伊田辺駅までのバスが1時間に1本のペースで出ている。食料や幕営道具を背負い、自分の足だけで歩き通せた事は自信に繋がった。10代の時に友人と四国遍路を一ヵ月かけて回ったが、今回の旅も心に刻まれる記憶になるだろう。色々と協力してくださった方々に感謝します。祈りを込めて。